協同組合の設立


2018-03-01 その他
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昭和24年に「協同組合法」が制定され、以降各地の各業界で事業協同組合が設立される機運が高まった。戦後の復興著しい京都染色業界においては、従来の和装物からプリント服地への転換が急速に広がり、綿素材一辺倒から、人絹、モスリン、エットが入り、昭和30年代後半にはポリエステル合成繊維の大波が押しよせ、これと時期を合わすように、半自動及び、自動走行式スクリーン捺染機、自動スクリーン捺染機が導入されはじめた。
戦前は、一貫工場で行われていた蒸し、水洗、糊たき等の工程がそれぞれ独立分業化された。この様に、変換著しい業界は、婦人衣料の洋装化に伴って、プリント服地の需要が飛躍的に増加し、業界に内外からの新規参入で業者の数は急速に増加した。この従業員の急増により、昭和36年には、100日に近いストライキなど京都三大争議と言われた「労働争議」が起こった。法政面からも河川での、水洗禁止、排水、排煙基準等の、公害反対の住民運動が高まった。こうした中、任意団体からは、将来の発展とより強固な団結としての協同組合設立の気運が高まり、昭和38年8月15日に「京都広巾手捺染協同組合」が設立された。

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